「カフェー小品集」
- sunsetgang
- 2023年5月20日
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2001年8月に青山出版社から発売された、「嶽本野ばら」の、全国に実在する12の喫茶店を舞台にした短編小説集です。京都の音楽喫茶では、「みゅーず」「フランソア」「クンパルシータ」が物語の舞台になっています。各喫茶店が舞台となっている小説のタイトルは、「みゅーず」が「琥珀の中のバッハ」、「フランソア」が「品性のある制服と、品性のある歯車」、「クンパルシータ」は「諦念とタンゴの調べ」。
実際にお店を切り盛りするマスターやママ達の証言による、開店当時のお店の様子や歴史、メニューの由来などを交えながら、お店の持つ空気感から紡ぎ出される、夢ともうつつともつかない物語が展開されます。
「みゅーず」のオーナーのお話では、
“「創業当時のこと?私は子供だったし、よくは解りません。でも名曲喫茶というのは流行っていたみたいですね。当時、レコードは高価だったでしょ。だからニーズがあったんですよ。今は喫茶店にわざわざ来なくても、家でCDを聴けばいいんですから。必要ないんです。こんな店は。」「今はもう名曲喫茶だとは思っていません。名曲喫茶ってのは、やはり音楽を聴きにくるお客さんを相手にするべきですからね。うちは店の中で喋っていても注意しませんから。名曲喫茶の資格なしです。”
など、客側が店に抱いていた感覚とは真逆の発言にちょっと驚きです。
「フランソア」で出される「コーヒー」については、
“現在、フランソアではコーヒーのオーダーを受けると、生クリームとエバクリームをホイップしたものをカップの底に敷き、その上からコーヒーを注ぎます。これはコーヒーが苦手な宇野重吉さんのために考案されたもの。宇野さんは苦いものが苦手で、訪れるといつも紅茶ばかり注文していたのだそうです。そこで(創業者の)立野(正一)氏の奥様は、苦過ぎないまろやかな味のコーヒーをお作りになられました。以来、フランソアでコーヒーといえば、このコーヒーが出てくるようになりました。”
という逸話があったとはつゆ知らず。
「クンパルシータ」の店内の様子では、
“クンパルシータ ―――― ヘラルド・エルナン・ロドリゲス作曲によるアルゼンチンタンゴのスタンダードナンバー「ラ・クンパルシータ」から名前をとったこのカフェーは、その名が示す通り、時折、シャンソンや往年の名画のテーマ曲がかかることもありますが、常にタンゴが流れるタンゴ喫茶です。このお店にCDデッキというような洒落た機材はありません。かけられるタンゴはレコードかカセットテープのみで再生されます。従って新しいタンゴの演奏を聴こうと期待してこのお店に来ると、とんだ肩透かしをくらうことになります。”
と、昔の「音楽喫茶」の姿を永い間保ち続けている様子がうかがえるのです。
参考までに、その他の物語の舞台となったのは、京都の「若王子」、東京三鷹市の「宵待草」、東京都杉並区の「ミニヨン」、東京都三鷹市の「ミカワ喫茶糸切りだんご」、東京都中野区の「クラシック」、神奈川県鎌倉市の「ミルクホール」、東京都杉並区の「ヴィオロン」、東京都新宿区の「スカラ座」、北海道小樽市の「光」となっています。

